デイリーメッセージ 2015.12.07
十四年間務めてきた『夢甲斐塾』の塾長を退くことを発表した翌朝、大阪に帰
るために、甲府で定宿にしている談露館を出た。透明感のある青空が広がる。寒
さの厳しい甲府盆地ではあるが、この日の朝は、それほど寒くない。山梨では、
澄み切った青空の日は、周りの山が一段と存在感を示す。大きく息を吸い、すが
すがしい気分で駅に向かった。
この朝、一人で朝食を摂ろうとした矢先、塾生から電話があり、「朝食を共に
したい」と申し出てきた。二つ返事で、到着を待った。やがて、「彼も一緒に来
たいと言うので」と、もう一人の塾生を同行している。「もう一度会って、お礼
を言いたかった」と言う。「すぐ辞めるわけではない。また来るよ」と言うが、
「それでも挨拶したい」と言う。「うれしいね」と私。
二人を見送った後、駅に向かった。この日は、急ぐ旅ではない。甲府から塩尻
に向かう列車を、敢えて特急ではなく、各駅停車にしたのも、甲州路の景色を楽
しみたいとの思いもあったからだ。十四年、山梨に通って、何度も見慣れた景色
ではあるが、塾長を退任することを発表した直後は、景色さえもがいとおしく思
えるのである。
やがて駅に着いた時、後ろから、「塾長」と呼びとめる人がいた。タクシーの
運転手の服装だ。「八期の野中です」と名乗る。「タクシーの客待ちで車を止め
ていたら、塾長の後ろ姿が見えました。それで追いかけてきました」と言う。ひ
としきり、短い会話を交わしながら、「昨日の゛夢甲斐フェスタ゛で、塾長を退
任する発表をしたのだ」と伝えた。野中氏は、「これからも来られますか?」と
言うから、「もちろん」と答え、「機会があれば、君のタクシーに乗りたい」と
伝えた。ほんの二言三言のやり取りではあったが、私の心は、一段と温かくなっ
た。
改札口に着いた。まだ時間は二十分ほどある。私は、カートを引きながら、開
店したばかりの駅の中のデパートに入った。そして真っすぐ、五階のレストラン
街に向かった。ラーメン店の゛青葉゛は、「準備中」の看板を掲げていて、入り
口は暗い。私は、構わず中に入った。店員が、怪訝そうに私を見る。「新井君、
いますか?」と尋ねた。昼の食事時間を控えて、厨房は大忙しの様子だ。やがて
新井君が顔を見せる。「おはよう。奥さん、どう?」と聞いた。「入院しまして、
命には別条ないのですが」と言う。私は、「それは良かった。大事にな。昨日、
奥さんが入院されたと聞いたものだから、様子を聞きに立ち寄った」と話した。
ほんの数分、新井君は、あわただしく立ち去る私を、店の前で見送ってくれた。
『夢甲斐塾』での十四年間が、私の人生を豊かにしてくれたようだ。
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